鉄道 唱歌。 鉄道唱歌

色浅からぬ浅川の 紅葉林に日は落ちて 草より出でて入る月の 山の端近き与瀬の駅• 國府津 ( こふづ )おるれば 電車 ( でんしや )あり 小田 ( をだ ) 原 ( はら ) 熱 ( あた ) 海 ( み ) 行 ( ゆ )くもよし 箱 ( はこ ) 根 ( ね ) 八 ( はち ) 里 ( り )の 山道󠄁 ( やまみち )も あれ 見 ( み )よ 雲 ( くも )の 間 ( あひだ )より• 東宮御所の壮観を 仰げばやがて信濃町 朝露清き練兵場 響く喇叭の音高し• 汽笛一声我が汽車は はや離れたり飯田町 牛込市ヶ谷堀の端 四ツ谷出づれば信濃町• 天 ( あま )の 橋立 ( はしだて ) 三保 ( みほ )の 浦 ( うら ) この 箱崎 ( はこざき )を 取 ( と )りそへて 三松原 ( さんまつばら )とよばれたる その 名 ( な )も 千代 ( ちよ )の 春 ( はる )のいろ• 水戸 ( みと )と 金澤岡山 ( かなざはをかやま )と 天 ( てん ) 下 ( か )に 三 ( み )つの 公園 ( こうゑん ) 地 ( ち ) 後樂園 ( こうらくゑん )も 見 ( み )てゆかん 國 ( くに )へ 話 ( はなし )のみやげには• 祇 ( ぎ ) 園清水 ( をんきよみづ ) 知 ( ち ) 恩院 ( おんゐん ) 吉 ( よし ) 田 ( だ ) 黒谷眞如堂 ( くろだにしんによだう ) ながれも 清 ( きよ )き 水上 ( みなかみ )に 君 ( きみ )が 代 ( よ )まもるかもの 宮 ( みや )• 北 ( きた )は 圓覺建 ( ゑんがくけん ) 長 ( ちやう ) 寺 ( じ ) 南 ( みなみ )は 大佛星月 ( だいぶつほしづき ) 夜 ( よ ) 七里濱 ( しちりがはま )も 江島 ( えのしま )も 行 ( ゆ )くに 電車 ( でんしや )の 便 ( たより )よし• 大和田建樹 おおわだたけき 作詞。 大森 ( おほもり ) 蒲 ( かま ) 田 ( だ ) 川崎 ( かはさき )や 鶴 ( つる ) 見 ( み )もいつかあとにして 東 ( ひがし ) 神奈 ( かな ) 川 ( がは ) 立 ( た )つ 汽 ( き ) 車 ( しや )の 行 ( ゆ )くてはそれよ 八王 ( はちわう ) 寺 ( じ ) 〔 〕• いつしかまたも 闇 ( やみ )となる 世 ( せ ) 界 ( かい )は 夜 ( よる )か 隧道 ( トンネル )か 小夜 ( さよ )の 中山 ( なかやま ) 夜 ( よ ) 泣石 ( なきいし ) 問 ( と )へども 知 ( し )らぬよその 空 ( そら )• 織物産 ( おりものさん ) 地 ( ち )と 知 ( し )られたる 博 ( はか ) 多 ( た )は 黒 ( くろ ) 田 ( だ )の 城 ( しろ )のあと 川 ( かは )をへだてゝ 福岡 ( ふくをか )の 町 ( まち )もまぢかくつゞきたり• 淀 ( よど )の 川舟 ( かはぶね )さをさして 下 ( くだ )りし 旅 ( たび )はむかしにて またゝくひまに 今 ( いま )はゆく 煙 ( けむり )たえせぬ 陸 ( くが )の 道 ( みち )• この著作物はアメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で 発行されておらず)、 かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、 かつ、の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においての状態にあります。 つゞく 名古屋 ( なごや )は 中京 ( ちゆうきやう )と 世 ( よ )にうたはるゝ 大 ( だい ) 都 ( と ) 會 ( くわい ) 名 ( な )だかき 金 ( きん )の 鯱 ( しやちほこ )は 今 ( いま )なほ 城󠄀 ( しろ )の 光 ( ひかり )なり• あしたは 花 ( はな )の 嵐 ( あらし ) 山 ( やま ) ゆふべは 月 ( つき )の 筑 ( つく ) 紫 ( し ) 潟 ( がた ) かしこも 樂 ( たの )しこゝもよし いざ 見 ( み )てめぐれ 汽 ( き ) 車 ( しや )の 友 ( とも ) この著作物は、1937年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、の期日(を参照)の時点でが著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域での状態にあります。

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豐橋 ( とよはし )おりて 乘 ( の )る 汽 ( き ) 車 ( しや )は これぞ 豐川 ( とよかは ) 稻 ( い ) 荷 ( なり )みち 東海道󠄁 ( とうかいだう )にてすぐれたる 海 ( うみ )のながめは 蒲 ( がま ) 郡 ( ごほり )• 草むす屍年古りて 松風寒き桔梗の 原に栞の道かえて 遊ぶも旅の興なれや• 父 ( ちゝ )やしなひし 養老 ( やうらう )の 瀧 ( たき )は 今 ( いま )なほ 大垣 ( おほがき )を 三 ( さん ) 里 ( り )へだてゝ 流 ( なが )れたり 孝 ( かう ) 子 ( し )のほまれともろともに• 北には仰ぐ八ヶ嶽 麓は青柳茅野の里 湖水に臨む上諏訪の 町には商業栄えたり• くの字点は /\を代用した。

見 ( み )よや 德川家康 ( とくがはいへやす )の おこりし 土地 ( とち )の 岡崎 ( をかざき )を 矢 ( や ) 矧 ( はぎ )の 橋 ( はし )に 殘 ( のこ )れるは 藤󠄇吉郞 ( とうきちらう )のものがたり• 淨 ( じやう ) 土 ( ど ) 西國千 ( さいこくせん ) 光 ( くわう ) 寺 ( じ ) 寺 ( てら )の 名 ( な )たかき 尾道 ( を の みち )の 港 ( みなと )を 窓 ( まど )の 下 ( した )に 見 ( み )て 汽 ( き ) 車 ( しや )の 眠 ( ねむり )もさめにけり• 朝 ( あした )の 帆 ( ほ ) 影夕 ( かげゆふ ) 烟 ( けむり ) 西北 ( にしきた )さしてゆく 船 ( ふね )は 鳥も 飛 ( と )ばぬと 音 ( おと )にきく 玄界洋 ( げんかいなだ )やわたるらん• おもへば 夢 ( ゆめ )かときのまに 一百五 ( いつぴやくご ) 十 ( じふ ) 里 ( り )はしりきて 神 ( かう ) 戸 ( べ )の 宿 ( やど )に 身 ( み )をおくも げに 文明 ( ぶんめい )のたまものぞ• 岩村城址程近き 大井の里の硯水 汲むべき暇もあらなくに 釜戸 瑞浪 土岐津駅• こゝに 開 ( ひら )きし 頼朝 ( よりとも )の 幕 ( ばく ) 府 ( ふ )のあとはいづかたぞ 松風 ( まつかぜ )さむく 日 ( ひ )は 暮 ( く )れて こたへぬ 石 ( せき ) 碑 ( ひ )は 苔青 ( こけあを )し• 神奈 ( かな ) 川 ( がは ) 過 ( す )ぎて 平沼 ( ひらぬま )の あなたを 見 ( み )れば 百船 ( もゝふね )の 煙 ( けむり )は 空 ( そら )をこがすまで こゝ 横濱 ( よこはま )の 大 ( おほ ) 港 ( みなと )• この著作物はアメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で 発行されておらず)、 かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、 かつ、の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においての状態にあります。 Furusawaさんにご指摘いただきました。

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琴 ( こと )ひく 風 ( かぜ )の 濱松 ( はままつ )も 菜 ( な ) 種 ( たね )に 蝶 ( てふ )の 舞坂 ( まひさか )も うしろに 走 ( はし )る 愉 ( ゆ ) 快 ( くわい )さを うたふか 磯 ( いそ )の 波 ( なみ )の 聲 ( こゑ )• 藪原通りて宮ノ越 旭将軍義仲が 旗を掲げしはこのあたり 晩鐘響く徳音寺• 海 ( うみ )にいでたる 廻 ( くわい ) 廊 ( らう )の 板 ( いた )を 浮 ( うか )べてさす 汐 ( しほ )に うつる 燈 ( とう ) 籠 ( ろ )の 火 ( ひ )の 影 ( かげ )は 星 ( ほし )か 螢 ( ほたる )か 漁 ( いさり ) 火 ( び )か• 空に聳ゆる駒ヶ岳 寝覚の床に臨川寺 小野瀧越えて定勝寺 景色秀れて眺め好し• 都に入りし甲斐もなく 覇業空しくくずおれし 地下の恨みやこむるらむ 鐘の音さびし徳音字• 父󠄁 ( ちゝ )やしなひし 養󠄁老 ( やうらう )の 瀧󠄆 ( たき )は 今 ( いま )なほ 大垣 ( おほがき )を 三 ( さん ) 里 ( り )へだてゝ 流 ( なが )れたり 孝 ( かう ) 子 ( し )のほまれともろともに• いわゆる「鉄道もの」や「旅行もの」は以下の通り。

交通網の充実をみた1928年(昭和3)、鉄道省は東京日日新聞と大阪毎日新聞の共催で『新鉄道唱歌』を懸賞募集したことがある。 山 ( やま )はうしろに 立 ( た )ち 去 ( さ )りて 前󠄁 ( まへ )に 來 ( きた )るは 琵琶 ( びは )の 海 ( うみ ) ほとりに 沿󠄀 ( そ )へる 米原 ( まいばら )は 北陸線 ( ほくりくせん )の 分󠄁 ( ぶん ) 岐 ( き ) 點 ( てん )• 1 汽笛一声新橋を あまたの客は出かけたり あたまの網に積み上げる 棚の荷物は山をして 2 楽は上等寝台付き 二重回し(和服用の外套)の客ばかり 次は中等腰掛ける まだ身代のよい客よ 3 下等は安く品悪く 土方もいれば車夫もいる スリはどなたもご用心 笠は同者か講中か(以下略) なお、明治33年にはすでに『地理教育鉄道唱歌』というタイトルまでそっくりな二番煎じが出ています。

三府につづく大都会 名古屋は人口四十万 商工業の繁昌も 四方にかがやく金の鯱• は/\を代用した。

岡谷の里の工場は 日本無双の製糸業 引出す糸は細くとも 国家の富はいや増さむ• 奥に見えるのが本州) 四二 汽車のりかへて弘前に あそぶも旅の楽しみよ 店にならぶは津軽塗 空に立てるは津軽富士 四三 帰りは線路の道かへて 海際づたひ進まんと 仙台すぎて馬市の 岩沼よりぞ分れゆく 四四 道は磐城をつらぬきて 常陸にかかる磐城線(いわきせん) ながめはてなき海原は 亜米利加までやつづくらん 四五 海にしばらく別れゆく 小田の緑の中村は 陶器産地と兼ねて聞く 相馬の町をひかへたり 四六 中村いでて打ちわたる 川は真野川新田川 原の町より歩行して 妙見まうでや試みん 四七 浪江なみうつ稲の穂の 長塚すぎて豊なる 里の富岡木戸広野 広き海原みつつゆく 四八 しばしばくぐるトンネルを 出てはながむる浦の波 岩には休む鴎(かもめ)あり 沖には渡る白帆あり 四九 君が八千代の久ノ浜 木奴美(こぬみ)が浦の波ちかく をさまる国の平町 並(ならび)が岡のけしきよし 五〇 綴(つづら) 湯本をあとにして ゆくや泉の駅の傍(そば) しるべの札の文字みれば 小名浜(こなはま)までは道一里 五一 道もせに散る花よりも 世に芳ばしき名を留めし 八幡太郎が歌のあと 勿来(なこそ)の関も見てゆかん 五二 関本おりて平潟(ひらかた)の 港にやどる人もあり 岩の中道ふみわけて 磯うつ波も聞きがてら 平潟(昭和19年) 五三 あひて別れて別れては またあふ海と磯の松 磯原すぎて高萩に 仮(か)るや旅寝の高枕 五四 助川さして潮あびに ゆけや下孫孫も子も 駅夫の声におどろけば いつしか水戸は来りたり 五五 三家の中の勤王の その名知られし水戸の藩 わするな義公が撰(えら)びたる 大日本史のその功(いさお) 五六 文武の道を弘(ひろ)めたる 弘道館の跡とへば のこる千本(ちもと)の梅が香は 雪の下よりにほふなり 五七 つれだつ旅の友部より わかるる道は小山線 石岡よりは歌によむ 志筑(しづく)の田井も程ちかし 五八 間もなく来る土浦の 岸を浸せる水海(みずうみ)は 霞ヶ浦の名も広く 汽船の笛の音たえず 五九 雲井の空に耳二つ 立てたる駒の如くにて みゆる高嶺は男体と 女体そびゆる筑波山 六〇 峰にのぼれば地図一つ ひろげし如く見えわたる 常陸の国のここかしこ 利根のながれの末までも 六一 松戸をおりて国府の台 ゆけば一里に足らぬ道 真間の手児名(てこな)が跡といふ 寺も入江にのこるなり 六二 車輪のめぐり速(すみやか)に 千住大橋右にみて 環(たまき)の端の限なく ふたたびもどる田端駅 六三 むかしは鬼の住家(すみか)とて 人のおそれし陸奥(みちのく)の はてまでゆきて時の間に かへる事こそめでたけれ 六四 いはへ人々鉄道の ひらけし時に逢へる身を 上野の山もひびくまで 鉄道唱歌の声立てて. 岩國川 ( いはくにがは )の 水上 ( みなかみ )に かゝれる 橋 ( はし )は 算盤 ( そろばん )の 玉 ( たま )をならべし 如 ( ごと )くにて 錦帶橋 ( きんたいけう )と 名 ( な )づけたり• 待ちに待ちたる中央の 鉄路もここに全通し 国運ますます隆盛に 栄ゆる御代ぞめでたけれ 国運ますます隆盛に 栄ゆる御代ぞめでたけれ. 天 ( てん ) 下 ( か )の 旗 ( はた )は 德川 ( とくがは )に 歸 ( き )せしいくさの 關原 ( せきがはら ) 草 ( くさ )むす 屍 ( かばね )いまもなほ 吹 ( ふ )くか 伊 ( い ) 吹 ( ぶき )の 山 ( やま )おろし• 註: この文書ではが使用されています。 松 ( まつ ) 戸 ( ど )をおりて 國府 ( こふ )の 臺 ( だい ) ゆけば 一 ( いち ) 里 ( り )に 足 ( た )らぬ 道 ( みち ) 眞間 ( まゝ )の 手兒名 ( てこな )が 跡 ( あと )といふ 寺 ( てら )も 入 ( いり ) 江 ( え )ものこるなり• 多賀 ( たが )の 碑 ( いしぶみ )ほどちかき 岩切 ( いはきり )おりて 乘 ( の )りかふる 汽 ( き ) 車 ( しや )は 鹽竈 ( しほがま ) 千賀 ( ちか )の 浦 ( うら ) いざ 船 ( ふね )よせよ 松島 ( まつしま )に 松島船 ( まつしまふな )あそび• 勢田 ( せた )の 長橋 ( ながはし ) 左 ( ひだり )に 見 ( み ) ゆけば 石山 ( いしやま ) 觀 ( くわん ) 世 ( ぜ ) 音󠄁 ( おん ) 紫式 ( むらさきしき ) 部 ( ぶ )が 筆 ( ふで )のあと のこすはこゝよ 月 ( つき )の 夜 ( よ )に• 芙蓉の嶺に送られて 列車は進む高原の 海抜三千二百尺 ここは信州富士見駅• 加古 ( かこ ) 川 ( がは )おりて 旅人 ( たびびと )の 立 ( た )ちよる 陰 ( かげ )は 高砂 ( たかさご )の 松 ( まつ )のあらしに 傳 ( つた )へくる 鐘 ( かね )も 名 ( な )だかき 尾上 ( をのへ ) 寺 ( でら )• 少 ( すこ )しくあとに 立 ( た )ちかへり 徳山港 ( とくやまかう )を 船 ( ふな ) 出 ( で )して 二 ( に ) 十 ( じふ ) 里 ( り )ゆけば 豐 ( ぶ ) 前 ( ぜん )なる 門司 ( もじ )の 港 ( みなと )につきにけり• 彥 ( ひこ ) 根 ( ね )に 立 ( た )てる 井伊 ( ゐい )の 城󠄀 ( しろ ) 草 ( くさ ) 津 ( つ )にひさぐ 姥 ( うば )が 餅 ( もち ) かはる 名所󠄁 ( めいしよ )も 名物 ( めいぶつ )も 旅󠄁 ( たび )の 徒 ( と ) 然 ( ぜん )のうさはらし• 神 ( かう ) 戶 ( べ )に 今 ( いま )はつきにけり 帝󠄁國第 ( ていこくだい ) 二 ( に )の 大 ( おほ ) 港󠄁 ( みなと ) 集 ( あつま )る 船󠄂 ( ふね )の 船󠄂 ( ふな )じるし 見 ( み )れば 世 ( せ ) 界 ( かい )の 旗 ( はた )づくし• 底本:• 日 ( につ ) 光 ( くわう ) 見 ( み )ずは 結構 ( けつかう )と いふなといひし 諺 ( ことわざ )も おもひしらるゝ 宮 ( みや )の 樣 ( さま ) 花 ( はな )か 紅葉 ( もみぢ )か 金襴 ( きんらん )か• 千 ( ち ) 年 ( とせ )のむかし 太 ( だ ) 宰 ( ざい ) 府 ( ふ )を おかれしあとは 此 ( この ) 處 ( ところ ) 宮 ( みや )に 祭 ( まつ )れる 菅 ( くわん ) 公 ( こう )の 事 ( じ ) 蹟 ( せき )かたらんいざ 來 ( きた )れ• 三保 ( みほ )の 松原 ( まつばら ) 田子 ( たご )の 浦 ( うら ) さかさにうつる 富士 ( ふじ )の 嶺 ( ね )を 波 ( なみ )にながむる 舟人 ( ふなびと )は 夏 ( なつ )も 冬 ( ふゆ )とや 思 ( おも )ふらん• ここは名に負う笹小嶺 トンネル一万五千尺 徒歩にて越しは十年前 居ながら通る気楽さよ• おくり 迎󠄁 ( むか )ふる 程 ( ほど )もなく 茨木 ( いばらき ) 吹 ( すひ ) 田 ( た )うちすぎて はや 大阪 ( おほさか )につきにけり 梅 ( うめ ) 田 ( だ )はわれをむかへたり• 次 ( つぎ )に 來 ( きた )るは 古河間々田 ( こがまゝだ ) 兩 ( りやう ) 手 ( て )ひろげて 我 ( わが ) 汽 ( き ) 車 ( しや )を 萬歳 ( ばんざい )と 呼 ( よ )ぶ 子 ( こ ) 供 ( ども )あり おもへば 今日 ( けふ )は 日曜 ( にちよう )か• 日清戰爭 ( につしんせんさう )はじまりて かたじけなくも 大君 ( おほきみ )の 御 ( み ) 旗 ( はた )を 進 ( すゝ )めたまひたる 大本營 ( だいほんえい )のありし 土地 ( とち )• いで武士の初狩に 手向けし征箭のあとふりて 矢立の杉も神さびし 笹子の山の峠路や• 汽 ( き ) 車 ( しや )よりおりて 旅人 ( たびびと )の まづ 見 ( み )にゆくは 諏訪 ( すは )の 山 ( やま ) 寺町 ( てらまち )すぎて 居留 ( きよりう ) 地 ( ち )に 入 ( い )ればむかしぞ 忍 ( しの )ばるゝ• 犀の川辺をたどりつつ 豊科近き田沢駅 仁科へ通う明科の 里に名高き製材所• 甲武二州の国境を 越ゆれば雲の上野原 四方津の嶺は我々として 翼をかえす鳥沢や• ふたゝびかへる 鳥栖 ( とす )の 驛 ( えき ) 線 ( せん ) 路 ( ろ )を 西 ( にし )に 乘 ( の )りかへて ゆけば 間 ( ま )もなく 佐賀 ( さが )の 町 ( まち ) 城 ( しろ )にはのこる 玉 ( たま )のあと• 阿部 ( あべ )の 貞任義家 ( さだたふよしいへ )の 戰 ( たゝかひ )ありし 衣 ( ころも ) 川 ( がは ) 金色堂 ( こんじきだう )を 見 ( み )る 人 ( ひと )は こゝにておりよ 平 ( ひら ) 泉 ( いづみ )• この 水上 ( みなかみ )にありと 聞 ( き )く 諏訪 ( すは )の 湖 ( こ ) 水 ( すゐ )の 冬 ( ふゆ )げしき 雪 ( ゆき )と 氷 ( こほり )のかけはしを わたるは 神 ( かみ )か 里人 ( さとびと )か• 山の麓の墳墓に 恨みは残る景徳院 国は滅びていたずらに 山河昔を語るのみ• 舞 ( まひ ) 子 ( こ )の 松 ( まつ )の 木 ( こ )の 間 ( ま )より まぢかく 見 ( み )ゆる 淡 ( あは ) 路 ( ぢ ) 島 ( しま ) 夜 ( よる )は 岩 ( いは ) 屋 ( や )の 燈臺 ( とうだい )も 手 ( て )に 取 ( と )る 如 ( ごと )く 影 ( かげ )あかし• 作曲:福山直秋• こゝに 起 ( おこ )りて 越 ( ゑち ) 後 ( ご )まで つゞく 岩越線 ( がんゑつせん ) 路 ( ろ )あり 工 ( こう ) 事 ( じ )はいまだ 半 ( なかば )にて 今 ( いま )は 若松會 ( わかまつあひ ) 津 ( づ )まで• 歸 ( かへ )りは 線 ( せん ) 路 ( ろ )の 道 ( みち )かへて 海際 ( うみぎは )づたひ 進 ( すゝ )まんと 仙臺 ( せんだい )すぎて 馬市 ( うまいち )の 岩沼 ( いはぬま )よりぞ 分 ( わか )れゆく• 桟の名は残れども 命をからむ蔦もなく 寝覚の床のあさ衣 木曾の川波静かなり• docomo,softbankは、3gpを、auは3gを、iPhoneはmp4をダウンロードしてください。 鳥 ( とり )も 翔󠄁 ( かけ )らぬ 大空󠄁 ( おほぞら )に かすむ 五 ( ご ) 重 ( ぢゆう )の 塔 ( たふ )の 影 ( かげ ) 佛法最初 ( ぶつぽふさいしよ )の 寺 ( てら )と 聞 ( き )く 四 ( し ) 天王 ( てんわう ) 寺 ( じ )はあれかとよ•。

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三 ( み ) 島 ( しま ) 驛 ( えき )には 官 ( くわん ) 幣 ( ぺい )の 三 ( み ) 島 ( しま ) 神社 ( じんしや )の 宮 ( みや ) 居 ( ゐ )あり 伊豆 ( いづ ) 鐵道 ( てつだう )に 乘 ( の )りかへて 一 ( ひと ) 夜 ( よ ) 泊 ( とま )らん 修善 ( しゆぜん ) 寺 ( じ )に• ここでは「 単語 ( ルビ )」の形で再現しています。

七度 ( なゝたび )うまれて 君 ( きみ )が 代 ( よ )を まもるといひし 楠公 ( なんこう )の いしぶみ 高 ( たか )き 湊 ( みなと ) 川 ( がは ) ながれて 世々 ( よゝ )の 人 ( ひと )ぞ 知 ( し )る• すぎゆく 驛 ( えき )は 七 ( なゝ )つ 八 ( や )つ 山 ( やま )おもしろく 野 ( の )は 廣 ( ひろ )し 北上川 ( きたかみがは )を 右 ( みぎ )にして つくは 何 ( いづ )くぞ 盛岡 ( もりをか ) 市 ( し )• 右 ( みぎ )は 入海 ( いりうみ )しづかにて 空 ( そら )には 富士 ( ふじ )の 雪 ( ゆき )しろし 左 ( ひだり )は 遠州灘 ( ゑんしうなだ )ちかく 山 ( やま )なす 波 ( なみ )ぞ 碎 ( くだ )けちる• この著作物はアメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で 発行されておらず)、 かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、 かつ、の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においての状態にあります。 わが 開港 ( かいかう )を 導 ( みちび )きし 阿 ( お ) 蘭 ( らん ) 陀 ( だ ) 船 ( ぶね )のつどひたる みなとはこゝぞ 長崎 ( ながさき )ぞ 長 ( なが )くわするな 國民 ( くにたみ )よ• 中 ( なか ) 津 ( つ )は 豐 ( ぶん ) 後 ( ご )の 繁華 ( はんくわ )の 地 ( ち ) 頼山陽 ( らいさんやう )の 筆 ( ふで )により 名 ( な )だかくなりし 耶馬 ( やば ) 溪 ( けい )を 見 ( み )るには 道 ( みち )も 遠 ( とほ )からず• 大高 ( おほたか )おりて 桶 ( をけ ) 狹間 ( はざま ) ゆきて 昔 ( むかし )のあととはん 熱 ( あつ ) 田 ( た )の 宮 ( みや )に 伏 ( ふ )しをがむ その 草薙 ( くさなぎ )の 神 ( かん )つるぎ• 初鹿野塩山向嶽寺 温泉効験いと多く 差出の磯の日下部と 螢で名高き石和町• 最も早い時期の替え歌は、オリジナルの『鉄道唱歌』が発表されたすぐ後、雑誌『団団珍聞』(明治33年12月22号)に掲載された『鉄道笑歌』です。

小野の社を伏し拝み 善知鳥を越えて右に見る 峠の麓塩尻は 篠井線の分岐点• 伊勢路 ( いせぢ )の 旅󠄁 ( たび )はまたの 日 ( ひ )と 木曾 ( きそ ) 川 ( がは ) 越 ( こ )えて 美濃 ( みの )に 入 ( い )る 地 ( ぢ ) 震 ( しん )のはなしまだ 消󠄁 ( き )えぬ 岐阜 ( ぎふ )の 鵜 ( う ) 飼 ( かひ )も 見 ( み )てゆかん• 大森 ( おほもり ) 蒲 ( かま ) 田 ( だ ) 川崎 ( かはさき )や 鶴 ( つる ) 見 ( み )もいつかあとにして 東 ( ひがし ) 神奈 ( かな ) 川 ( がは ) 立 ( た )つ 汽 ( き ) 車 ( しや )の 行 ( ゆ )くてはそれよ 八王 ( はちわう ) 寺 ( じ ) 〔 〕• 彦 ( ひこ ) 根 ( ね )に 立 ( た )てる 井伊 ( ゐい )の 城 ( しろ ) 草 ( くさ ) 津 ( つ )にひさぐ 姥 ( うば )が 餅 ( もち ) かはる 名所 ( めいしよ )も 名物 ( めいぶつ )も 旅 ( たび )の 徒 ( と ) 然 ( ぜん )のうさはらし• 掛川 ( かけがは ) 袋 ( ふくろ ) 井 ( ゐ ) 中 ( なか ) 泉 ( いづみ ) いつしかあとに 早 ( はや )なりて さかまき 來 ( きた )る 天 ( てん ) 龍 ( りゆう )の 川 ( かは ) 瀬 ( せ )の 波 ( なみ )に 雪 ( ゆき )ぞちる• 向 ( むかひ )の 岸 ( きし )は 馬 ( ば ) 關 ( くわん )にて 海 ( かい ) 上 ( じやう )わづか 二 ( に ) 十 ( じつ ) 町 ( ちやう ) 瀬戸 ( せと ) 内海 ( うちうみ )の 咽首 ( のどくび )を しめてあつむる 船 ( ふね )の 數 ( かず )• 夏 ( なつ )なほ 寒 ( さむ )き 布引 ( ぬのびき )の 瀧 ( たき )のひゞきをあとにして 神 ( かう ) 戸 ( べ )の 里 ( さと )を 立 ( た )ちいづる 山陽線 ( さんやうせん ) 路 ( ろ )の 汽 ( き ) 車 ( しや )の 道 ( みち )• 三木は、列車の借り切りや音楽隊の演奏などの大宣伝を繰り返し、そうした努力のおかげで、この曲は大人気を博すことになるのでした。

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